か、ということであるが、事実に於て、これを突きとめることは不可能であるが、別天王がこの教祖である以上は、別天王乃至別天王流の霊者による心霊現象と見るべきではないか。
しかし、こう結論してみても、ヤミヨセに於て狼に食い殺されたまち子は生き返っており、決して教団内部に於ては殺害されず、自宅の庭園内に於て殺されているではないか。教団の事情は、この謎に対する解答をまったくもたらしてくれないのである。牧田にとって、謎は深まるばかりで、何ら的確な手がかりはなかった。彼はただ知り得たことのみを正確に報告した。
「で、ヤミヨセに於きまして、快天王はいかなる罪状をあげてまち子を告発したかと申しますと、たとえばまち子の不信の理由として命ぜられた献金を調達することができなかったという事実があるにしても、決して俗世の俗事をそのまま述べたてて告発の理由とするようなことは致しません。誰を告発するにも、まるで突拍子もない神がかり的な表現できめつけるのです。それは真実の告発の理由と関聯がないかも知れません。ただ告発の理由はほかに確かに存在するが、告発に際しては何も正確に理由をのべる必要はない。ただ告発すること、狼にたべさせること、恐怖を与えることが主たる目的だから。私の目にはそんな風にうつりました。まち子は告発の理由として、キサマの身体は蛇になったぞ、蛇がウジャ/\まきついてるわ、というような怖しいことを荒々しい声で罵られたのですが、するとにわかにいずこともなく忍び泣くような悲しい幼女の声がして、アラ、ダメヨ、赤い頭巾をかぶせないで。目が見えないわ。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。そしてたまぎるように泣きました。ホウラ、こうして狼に食べられるわ、と、又、いずこよりか荒々しい声がしたのです。このように快天王の告発は、ある時は告発し、又あるときはそれにつづいて告発された者の悲しい運命を暗示したり、地獄におちて後の姿を語りきかせたり、あるいは地獄におちた者が自ら語る悲しい言葉をきかせたり、変化にとみ、妖気漂う怖しさ悲しさにみちみちているのです。告発せられた者は、それをきくだけで、すでに生きた心持を失い、死人の如く蒼白茫然としてしまうのです。まち子はこの告発をうけると、ひきだされ、やがて燈火が消され、狼がよばれて、むごたらしく食べられはじめたのです。狼をよんで食べさせる間は、いつも燈火が消されるのです」
牧田の長い報告が終った。まるで食い入るように聴き入っていた新十郎は、ホッと我に帰って、
「ヤ。どうも、ありがとうございました。赤裂地尊の祭典には、諸国から集る信者も多かったとききましたが、ソジンや一般人は参拝できないのですか」
「参拝ぐらいはできますが、ヤミヨセには、信者以外はでられません。ソジンも出ることを許されません。そう云えば、たった一人、信者でない人が、ヤミヨセの座にまぎれこんでいるのを見ました」
「ハテ、誰ですか」
「山賀侯爵の弟、達也君です。邸が隣接しておりますから、時々見かけて顔を見知っているのですが、彼は天王会に最大の敵意をいだいているときいております。この日は地方から参集した信者も多いので、まぎれこむには便利に相違ないのです。しかし、彼一人ではありませんでした。若い婦人を同伴していたのです」
「それは誰ですか」
「私もはじめて見る顔でしたが、二十前後のまだ未婚かと思われる婦人で、さして美しくはありませんが、いかにも知的な、体格のよい女でした。身体つきや顔に特徴があるので、見忘れることはありませんが、あの教会では、ついぞ見かけたことのない婦人です」
そこで、さッそく達也に出頭をもとめ、当夜の事情を問いただしたが、彼は自分がヤミヨセにまぎれこんだことは認めたが、婦人については堅く否認してゆずらない。
「私はかねてカケコミ教に大きな憎しみをもっておりましたが、かほど信者の心を奪い去る邪教の詐術《さじゅつ》というものを一見したいと思い、元々かの本殿は勝手知ったるわが家ですから、ふと忍びこんでみたのです。同伴者がおったなどとは、とんだ迷惑、自分一人に毛頭相違ありません」
あくまで否認をつづけるから、取調べをうちきって帰宅させた。
そのとき土屋警部がためらいがちに、
「私は今朝皆さんのお見えになるまで月田邸の警備に当り、ズッとつききっていたのですが、月田全作の弟妹は分家したり嫁いだりした中に、たった一人、末娘のミヤ子という二十の娘がまだ未婚で、兄の家に同居いたしております。この娘をちょッと見かけましたが、いかにも体格のよい、ちょッと角ばった知的な顔をしているようです。まさかとは思いますが、御参考までに、申上げておきます」
「イエ、それは大そう興味津々たる事柄ではありませんか。さッそく牧田さんに首実検をおねがい致すことにしましょう」
そこで牧田は二日間も
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