ヤミヨセには信者以外の者は列席を許されないときつい定めがございますが、お義姉《ねえ》様の特別のはからいで列席を許されなすったのでしょうか」
 ミヤ子の顔色はビクとうごいた気配もない。それでもしばし口をつぐんでジッと新十郎を見つめているのは、思わぬ急所をつかれたからであったろうか。やがて平然と答えた。
「そう。姉のはからいかも知れません。特に心霊的に解釈いたしましてね。姉があの日のヤミヨセという行事で狼に食いころされるかも知れないと大そう怖れているのを知りましたから、あの人が狼に食い殺されるならずいぶん面白い見モノだろうと思って、居ても立ってもいられなくなりましたのです。幸い天王会の本殿は元山賀侯の御本邸で、達也様なら内情におくわしかろうと御案内をたのみました。山賀侯爵家は当家の仇敵のようなものですが、達也様は天王会を目の敵にするお方ですから、二三度お会いしただけで親しい方ではありませんが、あつかましく御案内をたのみました。快く引きうけて下さいましたので、マサカと思っていましたが、狐憑きの血筋は争われないものですね」
 新十郎は笑って、
「お嬢さまはお考えちがいをなすッていらッしゃいます。当夜お嬢さまがヤミヨセに出席なさったことは、ほかに見ている人がいて教えてくれたのです。山賀達也さんは、当夜列席していたのは自分一人で女の連れなどはなかったと大そうかばっていらッしゃるのですよ。それで、ヤミヨセ見物の御感想はいかがでしたか?」
「大そう面白く拝見いたしました。本当に食い殺されたと思いまして喜んでおりましたが、生き返ったのでガッカリいたしました。しかし結局あの結果になりましたから、天王会の隠し神は案外正直でございます。当家の庭で殺したのはズルイやり方ですが、生き返ったままノコノコ戻ってくるのに比べれば、結構なことで、不平ものべられませんね。天王会には散々迷惑した当家ですが、これで恨みがいくらか軽くなったように思われます」
「あの晩は何時ごろお帰りでしたか」
「ヤミヨセが終るとさッそく帰りました。門の前まで達也さんに送っていただきましたが、帰ってみると零時ちょッと過ぎていました」
「庭に物音をおききになりませんでしたか」
「疲れてグッスリねましたので、目がさめるまで何一つ覚えがありません」
 これも亦《また》荒ぶる神の親類筋のようなすさまじさ。神経が太いというのか、気象が荒いというのか、それとも余程利口なのか、兄と云い、妹と云い、一筋縄でいく人物ではない。一行は舌をまいて引きあげた。

          ★

 翌日一行が訪れたのは天王教会である。彼らが面会を求めたのは、別天王、千列万郎、その妻ミツエ、世良田摩喜太郎、大野妙心の大幹部全員だった。強硬な撃退に会うものと覚悟をきめてその時の用意もしていたが、案に相違、奥の院の一室へ招ぜられ、世良田と妙心が現れて、礼も厚く茶菓のモテナシである。それも会ってみれば当然とうなずけることで、世良田は世にきこえた政治的手腕の持ち主、妙心は人心シュウラン術の大家弁舌の巧者である。何者であれ人をもてなすにソツのあろう両者ではない。
「別天王とその御子息夫妻は天地二神の化身、天王教の尊い神におわすから軽々に信徒ならぬ人々にお会わせするわけに参らぬ。特別の儀がなければ、我ら両名が代って返答いたすから、左様心得てほしい」
 と、柔和な話しぶりの中にも、鉄の筋金入りのような逞しい意志で、高圧的に押えてかかっている。強く争うのは無用であるから、新十郎はそれにこだわらず、
「英国に遊学中、世良田先生が巴里《パリ》に御逗留の由うけたまわり一度御高説を拝聴したいと思っておりましたが、お目通りの機を得ませんで甚だ不本意の思いを致しておりました。本日参上いたしましたのは余の儀ではございませんが、我々未熟者に御教育の厚志をもって、まげてヤミヨセの儀を拝見させていただけますまいか。と申しますのは、すでに当教会の信徒四名があたかも狼にノド笛をかみ殺されたかのような変死を致しておりますからで、ヤミヨセは霊力によって信徒が狼に食い殺される様を演ずると承りましたが、何者か悪者がいてヤミヨセの儀を悪用し、これに似せて人を殺している節があるからでございます。信徒ならぬ我々がまことにムリムタイなお願いとは重々心得ておりますが、これも国法を守る者の切ない義務。兇悪犯人をあげるために必死の努力をなす者の苦心をあわれんで、まげてお聞き届けを願いあげます」
 新十郎が赤誠をあらわしてこう頼みこむと、世良田はジッと考えていたが、
「なるほど。お前の職務にそれが必要とあれば、これも国のため、まげて別天王様にお願いしてあげてもよい。幸いヤミヨセは別天王様がその場に出御あそばすわけではなく、代り身として私一人が座に出ておればよろしいのだから、それ以上に
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