なかった。
「板戸を押し倒した時に、カケガネは簡単に外れたんですね。五寸釘も傷んでいないし、カケガネも傷んでいませんよ」
「するてえと、カケガネはかかっていなかったんじゃないかなア。何かの都合で戸の開きグアイが悪いのを、早合点して、カケガネがかかっているものと思いこんだんじゃないかねえ」
 これをきいて喜んだのは虎之介。プッとふきだして、
「何かの都合ッて、なんの都合で戸が開かなかったんだい。その都合をピタリと当ててもらいたいね」
「なにかの都合がよくあるものさ」
「ハッハッハ」
 虎之介はバカ声をたてて笑っている。
 新十郎は、まず、最初に疑問をいだいたという女中のおしのをよんだ。二十一二の近在の娘で、ここへきて五年になる。お江戸日本橋の五年の生活で、すっかり都会になれている。
「お前はヒキ戸をひいてみて、カケガネがかかっていると分ったのだネ」
「ハイ。そうです」
「どうしてカケガネがかかっていると分ったのだネ」
「戸のアチラ側ですから別にカケガネがかかっているのを見たわけじゃアありませんが、この戸はカケガネをかけると開きません。ほかに開かない仕掛けはありませんからネ」
「カケガネの
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