といえばたッたこれが一本しか存在しない。藤兵衛は自分の刀で何者かに背後から刺し殺されたものだ。血の海であった。金庫はそのままで物を盗られた跡はない。
「十二時には、もう殺されていたのだなア。すると、宵の口に、やられたのだろう。客が来て、話をしている。ちょッと立った隙に、客が有り合せた脇差をつかんで背後から刺したのだろう」
 虎之介がこう呟くと、花廼屋が笑って、
「そんなこたアどうでもいいのさ。カケガネが内側からかかっていたのがフシギじゃないか。そこが心眼の使いどころだよ」
 虎之介は花廼屋を睨みつけた。至って遠見のきかない心眼のくせに、口だけは利いた風なことを云う。それが一々、虎之介のカンにさわっで仕様がないのである。
 新十郎は家族によって押し倒された板戸を立てかけて入念に調べていた。押し倒されたハズミにカケガネは外れている。カケガネの鐶《かん》は板戸にチャンとついている。
 新十郎は二三尺離れたところから、五寸釘を探しだした。それは明かに、鐶をかけて差しこむための五寸釘である。別に曲ったり、傷がついたところはない。
 新十郎は板戸の鐶とその附け根をしらべていたが、そこにも傷んだ跡は
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