たのでございます。それで大そう悪酔いいたしたのかも知れません」
「当家を訪ねているあいだ、お前の姿を見た者は誰々だえ」
「おしのとお民の両名のほかには誰に会った覚えもございません」
加助の意外千万な陳述によって、はからずも重大な殺人動機が確認されたわけであるが、それを更に裏づけるものは、芳男の昨夜来の失踪である。すでに刑事たちは芳男のひそんでいそうな小仙や小唄の師匠を洗ってきたが、そこへ立廻った形跡はなかった。
新十郎は金次をよんで訊ねてみたが、彼ば居残り番で多忙なところへ、途中から芳男の姿が消えたので、彼が番頭役で立廻らねばならず、テンテコ舞いをしていて、店以外のところで何が起っていたかは皆目知らなかったという。いっしょに立働いていた彦太郎と千吉が、それを裏づける証言を行った。もっとも、十時すぎに豆奴が店へ現れて、小間物類を手にとって、いじり廻して、結局カンザシを買って帰ったという。もっとも、お金を払ったわけではない。金次のオゴリになるらしい話である。
新十郎は一通り訊問を終えて、もう一度、現場を見て廻った。
「このカケガネには、結局、釘がさしこんでなかったんですね。どうも、そ
前へ
次へ
全51ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング