いそうもないように見える。新十郎は見切りをつけて、いったん訊問をうちきった。

          ★

 まもなく鹿蔵が、加助を彼の自宅から、引ったててきた。
 加助は三十二三、これもちょッとした男ッぷりではあるが、いかにも実直そうな人物で、あんまり利発で愛想がよいという男ではなさそうだ。
 新十郎は加助をよびよせて、
「お前が当家へきたのは、いつごろだね」
「ハイ。この店がはじめて開店の当日からでございます。十二の年に丁稚にあがりまして以来二十年、この五月五日までひきつづいて御奉公いたして参りました」
 明治元年、開店の当日からというから、藤兵衛と苦難を共にして今日を築いた白鼠というわけである。
「お前がゆうべここへ来たのは、どうしたわけだえ」
「昨日行商にでまして夜分ようやく家へ戻って参りますと、家内が旦那からの手紙を受けとっておりまして、これは町飛脚が持参いたしたものだそうでございますが、この手紙を見次第、夜分おそくとも構わないから裏口から訪ねてくるように、今日は五日の水天宮の縁日だから、どんなに遅くなっても待っているから、という文面でありました。まだ八時半ごろで、急げば九時ご
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