とは爪の垢ほどもしたことのない律儀者でございます。細々と行商して貧乏ぐらしをしているときいて、旦那は後悔なさったそうですよ」
「今の番頭の修作はどうだえ」
「そんなこたア知りません」
 ほめないところを見ると、否定の意味になるのであろう。
「加助が来たのは何時ごろだえ」
「ちょうど九時すぎごろでございます。三四十分ぐらいして帰りましたが、帰りぎわに、旦那からのお云附けだが、オカミサンと芳男さんを呼んでらッしゃるから、お二人にそう申上げて、土蔵へ行かせてあげて下さい、との話でした。それで、オカミサンと芳男さんに申上げて、お二人は土蔵へいらッしゃったと思いますよ」
「お前が御案内したわけじゃアないね」
「当り前ですよ。オカミサンじゃありませんか。私ゃ、オカミサンと芳男さんが土蔵へはいるのは見ませんが、出てきてからのことなら、知っていますよ。オカミサンは台所へきて、一升徳利をわしづかみに、ゴクゴク、ゴクゴク、六七合たてつづけに呷《あお》りましたね。にわかに酔っ払って、大そうな剣幕で、土蔵の中へあばれこんだのを見ていました。芳男さんがそれを追って行って、中で十分か二十分ぐらいゴタゴタしていまし
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