て、今夜のうちにとッとと立ちのけと申し渡されたね」
 芳男は観念していた。わるびれずに、うなずいて、
「ハイ、その通りです」
「二人は絶縁を申し渡されて土蔵をでたが、お前はそれから、どうしたえ」
「私は自分の部屋へ立ち帰って、今後どうしたものかと思っておりますと、オカミサンが、いえ、お槙と申上げることに致しますが、下でさわいでいる声がしますので、行ってみると、酔っぱらって土蔵の中へはいっています。追っかけて行ってみると、戸の前でののしり騒いでおります。みると、戸にカケガネがおりているとみえて、あかないのでございます。私はお槙をなだめて、部屋へひきとらせますと、ぶうぶう不平をならべたてながら、寝こんだようでございます。私は再び自分の部屋へもどりまして、どうしたものかとフトンをひッかぶって物思いに沈んでおりました。いくら考えても埒はあきません。一度は当家をでるつもりで荷づくりをはじめたりしましたが、この店を追い出されると、暮しようがありませんから、荷造りはやめてしまいました。よそでは生活力のない私だから、どうしても叔父さんにお詫びして、許していただかなくてはと思いつきました。そこで時計を見ますと一時でしたが、そんな時間のことを云ってはいられませんので、土蔵の二階へ上ってみますと、戸口は相変らずカケガネがかかっていまして、女中も諦めたとみえて、夜食のお握りが戸の外においてありました。手燭の光でみますと、カケガネはかかっていますが、釘がさしこんでないようですから、隙間から爪楊枝をさしこんで鐶をもちあげると、なんなく外れました。中へはいってみると、もうその時には叔父さんは殺されていたのでございます。すぐ逃げだせば血はつかなかったのですが、私が呼びつけられて叱られたときに、落してきたものと見えまして、私のタバコ入れが、死体のかたわらに落ちております。血をふまないように用心に用心して、それを拾って逃げましたが、部屋をでるときにふと気がついて、もう一度隙間から爪楊枝をさしこんで鐶にかけて外からカケガネをかけてしまいました。土蔵をでると、にわかに怖しくなって、そのまま夢中で外へでてしまいましたが、まるで自分が犯人のような気がしたからでございます」
「そりゃアそうさ。真夜中にカケガネのかかっているのを外して勘当の詫びをのべに行く奴はいないよ。お前は藤兵衛を殺すつもりだったのだろう」
「とんでもない!」
 芳男ははじかれたように否定して、蒼ざめ果ててガタガタふるえたが、やがて冷静をとりもどしたらしい。
「そうとられても仕方がありませんが、私はもう胸がいっぱいで、無我夢中になって何も分りませんでした。勘当をゆるして下さいとたのむには、お槙と一しょではグアイがわるうございます。女はそうなると意地がわるうございますから、勘当が許されないように、差出口をするに相違ありません。そこで、お槙のねているうちに勘当をゆるしてもらって、お槙がオンでてしまうまで素知らぬフリをして身を隠していようなどと、そんなことが気がかりでしたから、ただもう一刻も早く叔父にあやまりたい一心で夢中だったのでございます。カケガネを爪楊枝で外したのはたしかに非常識ですが、そんなことには気がつかなかったぐらい夢心地で早く叔父にあやまりたい一心でした。決して私が下手人ではありません。私の申上げたことは、そっくり掛け値なしの真実でございます」
「それでは、もう一つきくが、お前は加助が藤兵衛によびよせられたことを知っているかえ」
「それは存じております。叔父が私どもに、私とお槙とにでございますが、こう申しきかせました。加助をよびむかえて働いてもらうことにきまったから、お前たちや修作をオンだしても商売にはなんの差し支えもない。お前たちは今夜のうちにどこへでも立ち去ってしまえ、そして修作はどうした、よんでこいと云いますから、今晩は休んで縁日へ参っておりますと答えますと、そんなら仕方がない、修作は明朝オンだすことにするが、お前たちは今夜のうちにさッさと荷造りして立ち去るがよい。姦夫姦婦が日中立ち去るのは人に笑われて、お前たちのツラの皮でも気がひけよう。明日のヒルから加助が来てくれるから、と、いかにも私たちの居なくなるのを痛くも痒くもないような云い方でした」
「お前は死体をみて土蔵をとびだしてから、どこをどうしていたのだえ」
「なんだか自分が犯人だと思われそうな気がして、居ても立ってもいられません。知ったところへ行くと追手がくるような気がしましたから、ナジミのない洲崎へ行って一晩遊びましたが、大阪の知人をたよって、しばらく身を隠そうと思い、わざと品川へ行って汽車を待っていたのでございます」
「イヤ、御苦労であった。今晩は留置場でゆっくり休むがよい」
「いえ、私は犯人ではございません」
 芳男は狂気のように
前へ 次へ
全13ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング