噺、これを一日でも聞きもらしてはたまりません。あいにくラクの十五日が、私の居残り番の縁日の当日ですが、円朝は真打ですから、三十分も早めに店をきりあげると、間に合うだろうなぞと考えて、おりました」
「金本のハネるのは何時だね」
「だいたい十二時ごろでございます。私はそれから忠寿司で一パイやって、帰り支度の縁日をひやかして、帰ってきたのが二時ごろでございます」
「正平と文三も一しょかえ」
「いいえ。子供は寄席よりも縁日が面白うございますよ。私が一円ずつ小遣いをやりましたが、店からいただいた小遣いに合せて、求友亭で一円五十銭の西洋料理というものをフンパツしたらしゅうございますが、今朝はうかない顔をしているようですよ」
「八時に遊びに出たんじゃア昨夜のことは何も知らないわけだが、二時に帰ってきて、変ったことはなかったかえ」
「ちょッと酒をのみましたので、今朝起されるまで何も知らずに寝こんでしまいました」
「四日の晩の夕飯のころに、主人によばれて土蔵へ行ったそうだが、どんな用があってのことだネ」
「左様です。ちょッと申上げにくいことですが、旦那が非業の最期をおとげなすッた際ですから、包まず申上げます。オカミサンと芳男さんの仲がどうこうということを、疑っておいででした。そして私に包まず教えろとのことで、大そう困却いたしました。なんとか云い逃れましたが、私まで大そうお叱りを蒙った次第でございます」
「オカミサンと芳男の仲は、どんな風だえ」
「手前どもには分りかねます。どうぞ、当人にきいて下さいまし」
「昨夜二時に戻ったとき、芳男の姿はもう見えなかったかネ」
「私は小僧どもに近い方、芳男さんは離れに近い方で、ちょッと離れていますから、なんの物音もききませんでした」
三行り半がでてきたところをみると、お槙と芳男の関係は実際あることのようである。人の情事の取調べにかけては、さすがに田舎通人、ぬけ目がない。おしの、おたみの女連、彦太郎、千吉、文三という小ッちゃい子供連、これをよびあつめて搦手《からめて》から話をたぐりよせる。女はお喋りであるし、小さい子供は情事について批判力がまだ少ないから、噂のある通りを軽く喋る。綜合すると、お槙と芳男の仲は、すでに町内で噂になっているほどであった。
花廼屋は女子供から調べあげてきて、ニヤリ/\と鼻ヒゲの先をつまんでひねりながら、
「おさかんなものだねえ。皆々よろしくやっていますよ。芳男はお槙のほかによし町の小仙という妓《こ》の旦那をつとめているね。小唄の師匠というのに入れあげてもいるそうだ。修作もよし町のヒナ菊という妓の旦那を相つとめているね。ほかに、女義太夫の若い妓をかこっているそうだ。さらに驚くべきことには、十八の金次が豆奴という半玉とできているわ、十七の正平が染丸という姐さんに可愛がられているわ、出るわ、出るわ、ほじくればキリがないやね。芳男と修作は前の番頭の加助が煙たいから、ワナにかけて、追いだしたという説があるね」
大そうネタを仕込んでくるから、虎之介はむくれて、
「いい加減な説を真にうけちゃア、立派な推理はできないぜ」
「そこが剣術使いのあさましさ。私はね、これを千吉、文三、、彦太郎という当家の丁稚からききだしてきたのだよ。加助がお槙にフシダラなことをしかけて当家を追放されたのは五月五日、節句の日だね。この晩は男の祝日だから酒がでる。一同ヘベのレケに酔っぱらッたが、男連と一座して飲んでいたお槙がまず酔いつぶれ、自分の部屋まで戻らずに、かたえの小部屋で畳の上にねこんでしまったんだね。それへ誰かが、ありあわせのフトンをかぶせておいた。酔い痴れた加助がフトンの中へ這いこんでお槙を抱いて寝ようとしたから、お槙が怒って、喚きたてた。酒席の男女、店の者全部そろってドッと駈けつけたから、たまらない。事を秘密にすますわけにいかないから、この番頭では店の取締りができないと加助は即日クビをチョンぎられて出されてしまったということさ。ここに千吉、文三という酒をのんでいなかった子供たちの証言がある。酔い痴れた加助が畳の上へゴロンとねようとすると、芳男と修作が加助にすすめて、ここで寝ちゃア風をひく、あの小部屋に正平が酔いつぶれてフトンをかぶって寝ているから、番頭さんもいっしょにフトンをひッかぶって寝《やす》みなさいと、お槙のねているのを正平だと云ってすすめたという話だねえ。なに正平は自分の小僧部屋へあがって小間物屋をひろげて寝ていたのさ。お槙が酔いつぶれて、自分の部屋でないところでねていたてえのも、かねて打合せた仕業かも知れないなア」
大そう重大なことである。そうなると、藤兵衛が非業の最期をとげる直前に加助をよびよせていることが、非常に重大な意味をもつ。藤兵衛が加助を追いだしたことを後悔して、彼をよびよせて何事か密談し
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