せず、ニコリニコリと笑ってみせたという。
 交渉は停滞しているとも伝えられ、九分九厘まとまったとも伝えられている矢先であった。加納五兵衛が殺害されたというのだ。しかも、自邸の舞踏会で。
 五兵衛自邸の舞踏会というから、あるいはこれも、例の主旨が眼目かも知れない。フランケンが典六と神田によびかけてから、五兵衛は目に見えて焦っていた。毎晩、娘の部屋をひそかに訪問して、跪ずき、涕涙《ているい》し、合掌して懇願していると消息通の噂になっていたほどだ。
「だから、オレは、舞踏会が嫌いなのさ」
 と、海舟は謎が複雑で見当がつけかねる腹イセに、舞踏会の悪口を云った。
「曰くある人物が一堂に会したのがフシギだな。一堂に会することにフシギはないのだが、五兵衛自邸の舞踏会てえのが曲者なのさ。はやまったことをいっちゃア、新十郎に笑われるかい。オメエの知ってるだけの事件の模様を話してごらんな。後先をとりちがえねえように、石頭に念を入れてやるがいいぜ」
「ハ。ありがたき幸せで」
 虎之介は変なところで礼を云って一膝のりだして意気ごんだ。海舟から智略をかりて、結城新十郎や花廼屋《はなのや》因果に一泡ふかしてやろう
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