際はXの内政がヒヘイしていて、Zの攻勢に応じられない弱身があったというのが事実のようだ。しかし、当時の人々はお梨江のせいにして、これが評判であった。
 そのときの秘話として、次のようなことを世間では伝えている。娘ッ子を口説くにも、外交談判と同じように、時々、世間話などもして打ちとけたフリをしなければならないから、善鬼は懐中から蝋マッチという秘蔵の品物をとりだしてみせて、これはチャメロス大使からもらった舶来のポスポル(マッチのこと)であるが、日本のポスポルとちがって、どこでこすッても火がつく。西洋でも甚だ珍奇なものだ、といって、一本をお梨江に与え、一本を自分の靴の底ですって点火してみせた。
「まア、珍しい品物。ちょッと、オジサマ」
 と、お梨江は目をかがやかせて、イスを立って進みでると、アッとおどろく善鬼のハゲ頭を片手でおさえて、力いっぱいマッチをこすった。お梨江の期待に反して火がつかないから、
「アラ、ウソつきね」
 と云って、お梨江はマッチを投げすててしまった。善鬼はカミナリ大臣とよばれて、癇癪もちで有名であったが、ここぞカンニンのしどころ、蝋マッチに一文字をひいたハゲ頭に湯気もたた
前へ 次へ
全49ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング