ておきたい、夕方、夕月へ参りますから、とこういう話であったそうです。加納さんは半信半疑で、中園はたしかに用務を帯びてシナへ行く途中ではあったが、玄海灘で船が沈んで、助かったとは思われないが、フシギなことだと話しておられたそうであります」
 新十郎はうなずいて、
「なるほど、たぶん、そんなことだろうと思ってはいました。そして中園は夕月へ現れましたか?」
「いいえ、今もって現れておりません」
「そうでしょうなア。そして、たぶんいつまでたっても現れはしますまい。それから?」
「夕月のぶんはそれだけですが、アツ子の素行につきましては、まことに難題で、田所のほかには、なかなか正体がつかめません。しかし、だいたい素行については悪評がありまして、フランケンとは近ごろ特にネンゴロだということを噂している者はございます。散々歩いて、つきとめたのは、ようやく、それだけで……」
 新十郎はニッコリ笑って、
「いつもながら、あなたには感謝しますよ。正確無類に私の足の代りをつとめて下さるからです。おかげで私は西洋将棋をたのしむことができますよ。私が自分で歩いたって、あなた以上にききだすことはできますまい。では、
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