場所から遠くはなれている。探偵たちの注意は一様に、虚無僧姿の神田正彦をさがしもとめたが、これも五兵衛と遠く離れた壁際にピッタリ寄り添っているのであった。
 花廼屋はいぶかしそうに星玄にきいた。
「加納さんが倒れる前後に、この近ぺんにいた虚無僧は田所さん一人でしたか」
「左様。その瞬間にこの近くにいた虚無僧は一人だけのようです」
 五兵衛の家族たちもいい合したように、遠く彼から離れていた。アツ子はフランケンと組んで、楽隊席の下のあたりを踊りつゝあった。そこは手裏剣のとんできた方角だが、五兵衛の倒れた場所から四間ぐらい離れていた。虚無僧の田所は、その中間に、最も五兵衛に接近して位置していた。彼は尺八をふいて歩いている最中であった。
 反対側の最も近い場所にいたのが、満太郎である。現場から二間ぐらいの所をちょうど通りかゝっていた。
「卒倒なさった御令妹の方へ行こうとなさったのですね」
 と新十郎がたずねると、
「いゝえ、ただなんとなくこッちへ歩いてくる途中でした。私は人々のさわぐ様子で何かが起ったと知りましたが、妹が倒れたとは知りませんでした」
「あなたは倒れるお父上の姿をごらんになりました
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