虎之介は目を怒らして田舎通人を睨みつけたが、小者を相手にしていられない。腕をくんで、曰くありげに、死体の方へ目をこらした。手裏剣の刺す力。なるほど虎之介はそれを知らない。しかし、誰だって知らないだろう。人間の脾腹ぐらい、打ちようによっては刀身いっぱい刺すかも知れないのである。田舎通人の愚論ごときは物の数ではない。
 脾腹へうちこまれた小柄のほかには、どこにも傷がなかった。どこからともなく飛び来った小柄一本が瞬時に命を奪っている。五兵衛はカッと目をあけ、口もあけて、何かいいたげに、四つん這いに倒れて死んだのだ。横ッとびに飛んで抱いた田所金次も、五兵衛の言葉をきかなかった。
 新十郎は総監に何かたのんだ。星玄坊主はいかめしくうちうなずいて、雲助の直立不動、胴間声で叫んだ。
「満堂の淑女ならびに紳士諸君。加納五兵衛殿の死の瞬間、すなわち、不肖が叫び声をあげた時に於ける皆様方の位置へ各々お立ちを願います」
 国威を失墜しないように熱心に言葉をギンミしている。
 そこで一同、めいめいその時の位置へ立ったのを見ると、国家の秘事に関係をもつ人々、両大使、善鬼総理、典六、みんな壁際にいて五兵衛の倒れた
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