んでいる。彼の肩をはずれた山カゴが、彼の死体の一部であるかのように、横にころがっていた。
 新十郎は死体をしらべた。五兵衛の脾腹《ひばら》に突きささっている一本の小柄《こづか》。手裏剣に用いるものだ。刃の根元まで突きこんでいるが出血は少い。
 虎之介は小柄の方角を目で追って、
「捩じまがって倒れたのでないとすると、ちょうど楽隊席の方角だなア」
「なんの方角だえ?」
 と花廼屋が虎之介の心眼に挑戦するが、虎之介はこんな小者は歯牙にもかけない様子。
「犯人が手裏剣をうった方角だ。田舎通人には分るまいが、犯人は人々の注意がお梨江嬢に向けられている瞬間をとらえて、手裏剣をうちおったのさ。だから総監も犯人の姿を見ておられん。総監が気づいた時には、被害者は脾腹をおさえて、前へ泳いでいたのさ」
 花廼屋はうれしそうに笑った。
「お主、剣術使いだが、真剣勝負をしらないなア。幕府には新撰組という人殺しの組合があったが、お主はそれほどの人物ではなかったようだ」
「真剣勝負とは、何のことだ」
「手裏剣が柄の根元までブスリ突き刺すものか、ということさ。人の腹はやわらかいが、豆腐にくらべてはチトかたいなア」
 
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