西洋手裏剣の名取りだろうと睨みましたね」
★
海舟の前にかしこまった虎之介は、後先をとりちがえないように念を入れて、語り終ってホッとした。
さて、それからが問題で、花廼屋に鼻先であしらわれたが、無念なことには奴めの雑言たがわず、彼の心眼は狂ったところを見ていたようだ。狂うはずはないのだがなア。まことに面目ない。そこでいつもの例であるが、海舟のところへ、心眼の狂いを直してもらいにきたのである。虎之介は腑に落ちない顔。
「五兵衛に近寄った者は総理のほかにはおりません。もっとも、アツ子とフランケンのところへ自分から出向いてはおりますが、異状なく立ち戻っております。総理が去って二三分後に、ふらつき、よろめいて、倒れるところを、田所が駈け寄って抱きとめましたが、ふらつく前に近づいた者はおりません。総理が去って二三分、そのときお梨江が卒倒して満場の注目がそッちへ向いております隙に、手裏剣をうった者、田所のほかに犯人はございません。手裏剣のとび来った方角に最も近く居た者は田所で、すこし離れてフランケンがおりますが、彼の位置は田所にさえぎられて手裏剣をうつことができません。倒れる五兵衛に走り寄って抱きとめたのは、離れていた故、刺したのは自分でないぞと見せる下心。まんまと化かしおおせたツモリだが、奴め、このときシッポをだしております。ふらつき倒れる五兵衛を見ていたのは田所ひとり、人のうった手裏剣ならば奴めが見逃すはずはございません」
海舟は煙草盆の下のヒキダシからナイフをとりだした。砥石をひきよせ、水にしめしてナイフをとぎはじめた。砥石とナイフは彼の座右の必需品。自分で指や頭のあたりを斬って、悪血をとるのである。
「田所を犯人と見た目に狂いがあるとは、まことに心外千万ですが、彼の近隣知友について調査いたしましたところ、彼は幼より成人に至るまで女子にも劣る柔弱者で、武術はおろか、拳法すらもたしなんだことがございません。まことに困ったことに相成りました」
これが嘆きの種である。煩悶、又、煩悶。海舟はとぐ手をやすめて、
「神田正彦が虚無僧だッけな?」
「ハ、左様で。しかし、神田は遠い壁際にたたずんでおりまして、フランケンと同国の大使館員と同席、会話いたしておりました」
「そうだろうよ」
海舟はゆっくりとぎ終ると、ナイフを逆手に、後ろ頭をチョイときって、懐紙をとりだして悪血をとる。散々頭の悪血をしぼると、次には小指をチョイときって、懐紙で悪血をとっている。悪血をしぼりながら、おもむろに心眼を用いているらしい。海舟はナイフと砥石をかたづけて、血をふきふき、
「色と見せて別口のあるところが非凡なのさ。虎には、チヨット、わかるまいよ。その日になって、アツ子はにわかにチャメロスとお梨江をとりもつようなことをしたというが、これが計略だアな。アツ子とフランケンはできているぜ。オレもフランケンには三四度会って話をしたことがあるが、好男子で、大そう如才がなくて、鼻筋も唇も目も、顔全体がみんな薄々とした優男《やさおとこ》だな。この顔相はロベスピエールに似ているぜ。顔相の同じいものは、魂も同じいのさ。日本では斎藤道三が悪がしこくッてキモのできた悪党だが、大そう好男子であったそうな。これも目鼻の薄々した優男であったろうよ。人間の仕でかした事蹟を見れば、顔も大方わかるものだ。アツ子とフランケンは組んで踊っていたらしいが、さすがに思いきったことをやる。計画は見ぬかれまいと、自信があってのことだ。しかし、手を下したのは、フランケンでもアツ子でもない。虚無僧姿の神田正彦。五兵衛を刺したのはこの男だ」
海舟は事もなげにいいきった。まだ止らない血をふきながら、彼はさらに説明した。
「虚無僧姿が二人いたてえことを忘れちゃアいけないぜ。田所はアツ子の情夫だ。これが当日何者に仮装するかてえことはアツ子に知れている。あるいはアツ子がすすめたのかも知れねえや。大方そうにちがいはあるまい。人に顔を見せずに、自分の方からは人を見ることができるてえ虚無僧は、仮装会の人殺しにはもってこいだなア。おまけに尺八とくる。五兵衛を殺した小柄は、この中に仕込んであったぜ。神田は海賊あがり、オレが船乗りのころ挨拶にきたことがあったが、武道十八般に通じ、万事につけて一家の見識のある男だ。金が好きだから、海賊にも商人にもなったんだろうが、政治をやれば総理はつとまる男だよ。人殺しぐらいはキュウリをねじきるぐらいにしか思っていやしねえ。ひどい奴さ。アツ子がにわかにチャメロス側の味方についたと見せかけたのは、まず第一には、お梨江に蛇をつめた壺をもたせるため。第二には、チャメロス、善鬼ら、反対派の者どもをお梨江とチャメロスのことにかかりきらせて、注意をそらすためだアな。お梨江が卒倒する。人の
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