注意がそッちへ向いたとき、待ちかまえていて手裏剣をうったのは、神田だ。ちょうど同じ虚無僧姿の田所が近所にいたてえのは偶然のことで、奴らの計画じゃア、虚無僧が二人いりゃア、それでいいのさ。みんなが踊りまわって、同じ場所に定着する者のいない舞踏会てえものは、特定の時、誰がどこにいたかてえことは、殆んど見当がつかないものさ。一瞬ごとに廻りの者がうつり変ってらアな。神田がそのときフランケンの同国の大使館員と壁際で話を交していたといえば、それを覆す証拠はねえのさ。誰かがそこいらに虚無僧を見かけたようだと思っても、虚無僧が二人いるから、心配はいらないことさ。これが五兵衛殺しの真相だ。証拠がなくッて、一味にフランケンもいることだし、善鬼が薄々感づいても、犯人を捕えることはできないだろうよ」
明察、神の如し。虎之介はただもう謹聴、一語一語に心眼の曇りをはらい、洗いきよめてつつしんで退出した。
★
虎之介が海舟邸からとって返して、新十郎を訪ねると、花廼屋がつめかけていて、新十郎の出動を今か今かと待ちかまえているが、まだ潮時ではないと見えて、新十郎は書生の晏吾と西洋将棋に没頭している。
虎之介を見ると花廼屋はよろこんで、
「ヤ。お帰り。大探偵。とうとう犯人を見つけなすッたね」
「ハッハッハ。貴公の心眼はどうしたエ」
「ナニ。犯人はフランケンさ。顔は優しいが、根は西洋手裏剣の使い手だ」
「ハッハッハッハ。しかし、フランケンを見ているとこは、田舎通人にしては、出来すぎている。色とみせて別口のあるところが非凡だな。お前には荷が重かろう」
そこへ鹿蔵が疲れきってやってきた。この老巡査は性来至って鈍根だが、うけた命令は馬鹿ティネイにあくまで果してくるという長所をもっている。昨夜新十郎に命じられたことを、殆ど寝もやらず駈けずりまわって、今しも戻ってきたところだ。新十郎のかたえににじりよって、
「夕月で待っていたのは、中園弘でございます」
「ヤ、加納さんの第一番頭、三年前に行方不明をつたえられている中園ですね」
「さようです。夕月の女将には腹蔵なく話しておいてくれましたので、さいわい知ることができましたが、その日の午ごろ見知らぬ男が、中園の使者と称して現れまして、ただ今シナから戻ってきましたが、まだ仕事が完成しておりませんので姿を現す時期ではないが、御前に御報告だけしておきたい、夕方、夕月へ参りますから、とこういう話であったそうです。加納さんは半信半疑で、中園はたしかに用務を帯びてシナへ行く途中ではあったが、玄海灘で船が沈んで、助かったとは思われないが、フシギなことだと話しておられたそうであります」
新十郎はうなずいて、
「なるほど、たぶん、そんなことだろうと思ってはいました。そして中園は夕月へ現れましたか?」
「いいえ、今もって現れておりません」
「そうでしょうなア。そして、たぶんいつまでたっても現れはしますまい。それから?」
「夕月のぶんはそれだけですが、アツ子の素行につきましては、まことに難題で、田所のほかには、なかなか正体がつかめません。しかし、だいたい素行については悪評がありまして、フランケンとは近ごろ特にネンゴロだということを噂している者はございます。散々歩いて、つきとめたのは、ようやく、それだけで……」
新十郎はニッコリ笑って、
「いつもながら、あなたには感謝しますよ。正確無類に私の足の代りをつとめて下さるからです。おかげで私は西洋将棋をたのしむことができますよ。私が自分で歩いたって、あなた以上にききだすことはできますまい。では、そろそろ出発いたしましょうか」
虎之介は有項天によろこんで、口もとから自然にほころびる笑みを抑えるから、
「オヤ。どちらへ?」
「加納家へ参りますよ」
とうとう我慢ができなくて、虎之介はゲタゲタ笑いたてて、
「オヤ、あんなところへ、何御用で?」
「さては泉山さんは犯人を見つけましたね。おはずかしいが、おそまきながら、私はこれから犯人を突きとめに出かけるのですよ」
こう愛想よく新十郎におだてられると、虎之介はもう我慢ができない。柱によりかかって、背中をねじくりながら、ゲラゲラ、ゴロゴロと喉の中をスポンジボールがころがるような奇怪な音を発してとめどなく笑いくずれている。新十郎は晏吾に命じて、
「お前は風巻先生を御案内して、後から加納家へ来るように。先生は待ちかねて、いらッしゃるだろうよ」
こう云い残して、四人はつれだって、加納家を訪ねた。速水星玄は今日はチャンと警視総監の制服をきて、部下をひきつれて、新十郎の到着を物々しく待ちかまえていた。制服をきせた姿は、国威を失墜したことなどはトンとなかったようにりりしく見える。新十郎を見ると、進みでて握手して、
「杖とも柱とも頼み申しておりま
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