劇の気分である。
「お嬢さまの御恩は死んでも忘れません」
などゝ、告白のついでにヒソヒソと胸の思いをもらす要領であるから、お人好しの妹は鼻をヒクヒクさせて、
「私の恩は死んでも忘れないと言いましたよ。可哀そうな娘なのよ。愛情に飢えているのでしょう」
などゝ、大得意で、月給をあげてやる。
「あの子は男ぎらいなんでしょう。御用聞きが品物を届けにきても、有難うも言わなけりゃ、お愛想笑い一つしないのよ。品物を受けとると、ジャケンなぐらい、ピシャリッと戸をしめるのよ」
すべて女中というものは、家人の前で恋をさゝやく筈はない。チャラ/\と裏口で御用聞きと歓談する女中の方が腹蔵ないかも知れない。無口、陰険、因果物の演技に巧なトン子さんは、人の知らないところで何をしているか見当がつかないように思われるが、妹は自分の目に見ていることだけ信用できるタチで、思いこんでいるのである。
そのころ私は自分の恋にかゝりきって、多忙をきわめ、ウワの空で暮していた。三日にあげず女の人から手紙がきて、私がまた郵便のくる時間になると落付かないから、妹は私を蔑んで、便所へ行くフリや、お水をのみにくるフリしなくっともい
前へ
次へ
全18ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング