い平静な馬鹿者だつた。女を口説きもした。恋らしいものを語りもした。女自体が、どうせ戦争でめちやくちやになるのだと私よりもヤケクソに考へて、その魂は荒廃の最後のものにきてをりながら、彼女はそれを気付かない。彼女はアヒビキのときは晴着のモンペをきてきたが、その魂の荒廃は凡そ晴着には似合はぬものだ。
私が日映へたまにでかけると、専務の部屋は四階にあるのだが、エレベーターがなくなつたので三尺ぐらゐの幅の細い階段を登つて行くと、ブルースをだらしなく着て下駄をガチャ/\ひきずつた男の事務員が、これも汚いモンペに下駄の女事務員と肩を組み、だらしなく抱きあひながら私の前を登つて行く。三尺後から私が歩いてゐることなどは平気であつた。それが荒廃した魂の実相なのであり、虚しい平和の実相なのである。凡そ晴着などとは縁のない魂で、そして、明日の希望といふものゝ一つのかすかな光の影の裏打も有り得ない。
私の毎日々々の妙に熱のこもつた読書は、その魂の読書であつた。晴着のない魂に、然し、私はたゞ冷かな鬼の目で、歴史といふもの、人間の実相の歩いた跡を読んでゐた。女と会ひ、抱きあふ時も、冷やかな鬼の目だけで、その肉体
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