ゝ立ち上る。四五分して、目をパッチリさせて、新しい顔で、もどってきた。

       下

 横綱前田山、観戦に現れる。前田山、先般、月刊読売誌上に、呉氏に八子で対戦、敗北したが、角界随一の打手の由である。
 とたんに、呉氏、キッと目をあげて、
「双葉関は、どうしていますか」
 有無を言わさぬ、ノッピキナラヌ語調である。前田山は、クッタクがない。
「今、上京しとります」
「ホテル、ですか」
 と、突きこむごとし。
「部屋を建設中で、両国にいます」
 前田山の返答はクッタクがないが、とたんに読売の記者の面々、サッと、顔色を失ってしまう。正午から、安田画伯が現れて、スケッチにかゝる。両棋士の気魄が鋭くて、胸に食いこんで、苦しい、ともらし、三時ごろ、スケッチを終る。
「六時です。封じ手です」
 六時五分、本因坊、紙をうけとり、後方へ横ざまに上体を捩じ倒して、封じ手、六十七手目をかきこむ。これを封筒に収めて、第一日を終った。
 本因坊は自宅へ忘れ物をしたので、とりに行きたい、といいだした。本因坊と一緒に入浴中これをきいたか、呉氏が、浴室からでてくると、読売の係りの者に、対局中は旅館から一歩も
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