しの電話をかけてよこした。彼は二人の文科生を目の前に置き、酔つぱらつて、大いにくだをまいてゐたが、僕をみると、「お前さんはフレンドシップがわかる人だよ」と悦に入つて手を握り、突然学生の方に向き直つて、ちえッ、舌打ちと共にひよつとこの如き悪相を突きだした。
「性欲がなんでい。ロマンスなんて、こきたねえ小説は、俺はでえきれえだ。よつぽど年季を入れねえと、フレンドシップまでは分らねえや」と威張つてゐた。
彼は自殺の三日前、僕がその塔中に住むところの菊富士ホテルへ移転の決意をかためたが、志を果さぬうちに、死の国へ移住した。
僕の知る限りに於て、彼が本郷へ現れたのは、この一夜にしかすぎないのだが、本郷を歩いてゐると、僕は屡々《しばしば》あの一夜の牧野信一を思ひだすのだ。その後本郷の飲み屋に於て、飲んだくれは数限りなく会つてゐるが、フレンドシップなどといふ怪しいまでに粋なことを論じてゐる御人に会はないせゐかも知れない。
本郷の街路樹下を最も颯爽と歩く人物は中島健蔵先生であると、先日一文科生が僕に語つた。京都では、学生の横行に散々悩まされた僕であるゆえ、本郷の街路樹下を最も颯爽と闊歩する人物
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