しい。学生にあらざるものは、人間にあらざるが如しである。
去年東京帝大の仏文科を卒業し、京都のJO撮影所の脚本家となつた三宅といふ人がゐた。京都に友達がなく、無聊《ぶりよう》に悩んで、三日目毎に、どんな悪天候を犯しても、僕のところへ遊びにくる習慣だつた。彼はその身も数ヶ月以前までは学生の身分であつたことを物の見事に忘却し、京都の学生の横行闊歩を憎むこと、不倶戴天の仇敵を見るやうである。なるほど東京の学生は、とてもかうはもてないのである。失はれた青春が、三宅君の癪のたねであつたらしい。京都では、学生の行けない酒場の女達すら、学生向きにできてゐる。東京へ戻つてみると、大学街の喫茶店の女すら、すべての感じが、どことなく大人であつた。学生の行動も亦控へ目である。
僕は然し、本郷に住んではゐるが、殆ど本郷のことを知らない。酒を愛しはじめてから、お茶を飲むことを忘れたので、喫茶店といふものへ這入ることも殆どない。さりとて、おでん屋といへども、人々の寝しづまつた夜陰に乗じて街へ降りる習ひであるから、百万石のやうなれつきとした飲み屋へは推参の折が殆どない。
牧野信一が在世の頃、百万石から呼びだ
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