つたのである。
 と、不思議な現象が起つた。といふのはその頃まで決して散歩の同伴者に男性をまぢへなかつた先生が、恋のはじまるとまもなく、男性それも若く快活にして麗しい青年のみを数名選び、散歩のお供の列に加へた。
 寛大な恋のとりもち役といふ様であるが、さうしていふまでもなく各々の入りみだれた恋が暗に活躍しはじめたが、しかも最も嫉妬に悩む人はといへば、誰の目にもそれが先生その人に他ならぬことが明瞭だつた。
 お供の男女のなんでもない会話すら先生の心臓をかきむしり、先生は苦悩のために窒息しさうでありながら、強ひて何気ない風を装つて連日の散歩をやめなかつた。そのうちに先生の意中の人なる美少女も青年と恋をはじめた。
 町を歩いてゐたら、猛烈な勢ひで、野獣の形相をして、目の前を走つて行つた老紳士を見た。それが先生だつたと言ふ者があつた。俺も見た、ある停車場で先生の後姿を認めたので呼びかけようとしたら、先生階段に一足かけたとみるや三段づつ飛び越えて矢のやうに駈け登つて消えてしまつたと或者が言ふ。一人は又にはか雨にぶつかつた先生が、わざ/\濡れるためのやうに公園の奥へぐん/\這入つて行くのを見たと言
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング