東上した。女子最高学府の多くの古い卒業生に因循な厭世港市の娘達を見出す謎はかういふ理由によるのであつた。
 彼女等の一人に田巻いちがゐたのであつた。いちの理想は真善美と童貞マリヤの純潔を汚さぬ生涯にあつたのだ。いちは成瀬先生を追ふて東都に遊学したかつた。いちの父は進歩的な老人だつたが、女子の遊学を認めなかつた。娘に禁足を命じたばかりか、男の愛と家庭を与へて並の女に還元するのが無難な策と考へたのだ。婿の候補者は選定され、話はいちに伝へられた。東京へ行けないための悲しさから、毎日を一人の部屋で泣き暮してゐたいちにとつて、話はあまりに残酷だつた。いちは父と言ひ争つた。口惜しまぎれに外へでた。夜だつた。親しい友は希望に燃えて故郷を去り、残されたいちはひとりだつた。語らう友にも憩ふ部屋にも目当てがなかつた。突然いちは冷めたく決意をかためてゐた。生涯を神に献げて敬虔な祈りの日々を送らう、と。そのほかに道はなかつた。すると恰もすでに救ひを受けたやうな安堵にみちた清々しさが流れてきた。いちはかねて教へを受けた宣教師ブレルスフォードを訪れた。神を道具に使ふ暗さも、自らを憐れむ惨めさもいちの意識を汚さなか
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