きやしや》な姿を現したとき、この虚無的な港市には未曾有の異変に当るべき武人も武器も持たなかつた。警備の武士は新発田《しばた》藩から駈けつけたが、街角を右往左往の警備の武士を見ることに怯えきつた町民達は、白昼から窓を閉して暗らがりの中にひれふしてゐた。列国の領事館が立ちはじめた。因循怯懦の厭世港は黎明日本に皮肉な一役をつとめたのだ。然し結果は恰《あたか》も町の性格どほりにあつけなかつた。港は信濃川の河口にあつた。日本海の激浪を避けることには便利であつたが、屈託のない大河の運ぶ土砂のために港内は浅瀬のひろがるばかりであるし、火輪船の船体は日増しにふとる一方だつた。列国は新潟港の将来に見切りをつけねばならなかつた。一番諦らめの悪い領事さへ、明治十年が訪れた時に、もはやこの土地を引上げてゐた。ひところの異国文化は町の記憶から消えてしまつた。

 目白の日本女子大学の前身はこの因循な厭世港市にひらかれた女塾だつた。抑制と飛躍的な情熱が同じひとつのものであるのを、雪国のつつしみ深い娘達が証明した。彼女等はマタイ伝を英文に読み、ラムの諧謔を極めて下手に理解するのが誇りであつた。成瀬校主は女生を率ひて
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