と何をやりだすか分らないヤケクソの魂をかくしてゐた。娘自身がわが身の境遇を不幸だなどとは露いさゝかも思はず、近頃では昼夜家をあけることが多く、焼跡の蒲鉾小屋のやうなオデン屋で酌婦をやつたり、闇屋のアンちやんに頼まれて売子をやつたり、時々金はもつてくる。金さへあげればいゝでせう、その言ひ方が癪だと云つて母親は凄い見幕で怒りだすが、さほど下卑た言ひ方ではないので、はすつ葉な物腰物の言ひ方にもまだどことなく娘らしさが残つてゐる。母親にしてみれば、それも亦《また》断腸の種であるかも知れない。
 夏川がこの一室へころがりこんだのは、まだ封鎖前の彼の好景気の頂上だつた。そのころ彼はあぶく銭を湯水のやうに使つて、夜も昼ものんだくれ、天地は幻の又幻、夢にみた蝶々が自分の本当の姿やら、何が何だか分らないといふていたらくで、朝から寝床でウヰスキーのラッパ飲みといふ景気で、身辺はオモチャ箱をひつくり返したやうなドンチャン騒ぎの連続であつた。彼はそれを空襲のあの轟音ともまがひのつかぬヤケクソの夢幻の心でだきしめて、ヒロシやオコノミ焼の母娘を芸者のやうに総あげの意気で飲んだり飲ませたり金をくれてやつたり、娘が家
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