きた当座は懐に金があるのを睨んで厭な顔もしなかつた。水商売の女のことで、その頃は応分の御礼を惜しまなかつたからだが、坐してくらへばといふ諺のせゐではなしに、敗戦後は金の値段が一桁以上狂つたから、その所持金はたかの知れたものになつてしまつた。
オコノミ焼の娘がいつ頃から闇の女になつたのだか、夏川はくはしいことは知らないが、娘自身は芸者になりたかつたのださうで、母親は妾にしたかつたのだが、因業爺がくどく言ふので闇の女になつたといふ。それは母親の愚痴話だ。芸者になるには着物がない、着物だ何だと自分の入費ばかりで一文も親の身入りにもならないといふ因業爺の説であり、妾だなどと旦那の物色は金持の先の知れないこの節はやらないことだと云つて闇の女をすゝめたといふのだが、娘は十八、闇の女にはもつたいない美人であつた。然るべきお金持の妾にして左団扇《ひだりうちわ》と母親が子供の頃から先をたのしみに育てたのも水の泡、忿懣《ふんまん》やる方なく因業爺を呪つてゐるが、ことの真相は奈辺にあるやら分りはしない。母親は内気で水商売の女とは思はれぬぐらゐ気立の良さ、人の善さを失はずにゐる女だが、えゝマヽヨと肚をきめる
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