せればさうせざるを得ぬ拾ひ物のやうなもので、その利得なども今から見れば問題にならぬ小額だつた。けれども、これが病みつきであつた。
その会社では彼は高い地位ではなかつた。元々徴用逃れに入社した特殊会社であつたが、年齢が年齢だから、入社の浅い割には然るべき地位であつたと云へる。空襲の始まる直前妻子を故郷へ帰したが、空襲で焼け、会社の世話で小さな借家へ同居するやうになつて、同居してゐる会社の女事務員と交渉ができた。彼の細君は父の主筋に当る家柄の娘で、元々父母が押しつけられ、その又父母が大いに有難がつて無理に押しつけた女で、別段家柄を鼻にかけるわけでもないが、陰気で、何かと云へば実家へ不満を書き送るやうなたちである。彼は愛情をもたなかつたが、かうして情婦ができてみると、女房の悪いところがよく分つた。けれども家柄が家柄で父母に対する重みがかゝつてゐるのだから、彼の不安懊悩は話の外で、いつそ日本の姿が消えてなくなれ、と考へてゐたものだ。
終戦となり、会社は解散する、借家も立退くことになつて、立退きをきつかけに、案外面倒もなく女と別れることができた。実際はいくらかみれんもないではない女なのだが、
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