をすりよせるやうにして、
「ナアさん」
 その目にも顔にも身体つきにも奇妙な幼さがきはだつて籠つて見えたやうに思はれた。
「あたくしがお供してゐますもの、御不自由は致させません」
 夏川は気がぬけるほど馬鹿らしかつた。淫売で露命をつないでゐるこの青年に御不自由は致させませんもないものだが、本人はそれを思ひこんでゐるのであるし、事実貧富暖寒の差に人の真実の幸不幸がないとすれば、堕ちつめて行く路の涯《はて》にこの青年の献身が拠りどころであり得ることも考へられるのであつた。夏川はそれが怖しかつた。
 夏川は変態的な情慾にはてんから興味をもち得ないたちであつたが、それとは別に、ひとつの純情に対するいたはりは心に打ち消すわけに行かない。すりよるヒロシの体臭が不快であつたが、それを邪慳にするだけの潔癖もなかつた。まア、ともかく、すこしぶら/\して、考へをまとめようと思つた。

          ★

 夏川が戦争中つとめてゐた会社は終戦と同時に解散した。そのどさくさに、会社の残品を持ちだしてなかば公然と売りとばした一味の中に彼もまじつてゐたわけだが、別段計画的な仕事ではなく、誰しもその場に居合は
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