ば、二十二のヒロシはまだ十七八のお酌と一本の合の子ぐらゐにウブなところが残つてゐた。それは貞操に関する自覚の相違によるものだらうと夏川は思つたが、又、その慎しみ深さや、あらはなことを憎む思ひや、生一本の情熱は、古典芸術の品格の中で女の姿を習得した正しい躾が感じられて、時に爽快を覚えることもあつたのである。
 けれども、ほのかなふくらみに初々しさを残してゐた美しい顔も、近頃はやつれて、どうやら年増芸者のやうなけはしさがたち、それにつれて彼の心も蝕まれ無限にひろがる荒野の心がほの見えてゐる。それでもともかく彼の躾は崩れを見せず、危い均斉を保つてゐた。かうした不時の急場には、その荒れ果てた魂と正しい躾と妙な調和をかもしだして、五十がらみの老成した男のやうなたのもしさすら感じさせるのであつた。
 然し、夏川は歩きかけてみて、その当てどなさに、辟易した。
「やつぱり、私は、ともかく、うちへ行かう」
「おや、里心がつきましたか」
「居所がつきとめられたうへは仕方がないさ。こつちの気持を母に打ちあけて、肚をきめるのはそれからさ」
 と言つたが、母を見る切なさは堪へがたい。するとヒロシはぴつたりと身体
前へ 次へ
全35ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング