さん」
ヒロシは蚊の鳴くやうな声をふりしぼつて答へた。
「いかゞですか。お身体にさはりやしませんでしたか」
「私もいくらか風をひいたかも知れない。それにしても、私たちは、どうしてハダカなんだらう?」
「あら、ナアさん。あまりですわよ。御存知ないのですか」
「いや、なるほど。あゝさう/\。なるほどね、思ひだしたよ」
さすがに夏川も腕を組んで(なに寒くて、腕を組まずにゐられないのだ)千丈の嘆息をもらしたものだ。昔から裸で道中はできないといふ。いくら焼跡の浮浪児でも、シャツぐらゐは着てゐるだらう。どうしても家へ帰らねばならなくなつてしまつたのである。母の待つ家へ。ところで、そのときにヒロシがかう言つたものだ。
「ナアさん。お恨みは致しません。運命ですわねえ。あたくし、かうして、おそばに坐つてゐるだけで、しあはせですのよ」
かうして夏川は母の待つ家へ裸で帰つて行つた。まことに星のめぐり合せといふものは仕方がない。作者がいかほど深刻な悲劇をのぞんだところで、事実の方が、かうしてトンチンカンにめぐつて行くのだから仕方がない。
あひにくのことに、母はまだ寝もやらず起きてゐたものだ。障子にその
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