、あたゝかいものが手にふれた。ヒロシであつた。
ヒロシは彼の背にピッタリと坐つてゐた。端然と、まさしく端然と坐してゐるのであらうけれども、端然などと人が云ふのは着物あつてのことで、フンドシ一つの端然といふ姿はない。然るべき着物を然るべく着こなして、日頃くづれといふものを露ほども見せたことのない身だしなみの格別の色若衆であつた。その姿の麗しくみづみづしいのは、女のやうななで肩で、細々と痩せ身のせゐであつたらうが、フンドシ一つではとんと河鹿《かじか》が思案にくれてゐるやうで、亡者が墓から出てきたばかりのやうに土の上にションボリ坐つてゐる。
夏川は目がさめて、慌てゝ身体を起すと、先づ、つゞけさまに、七ツ八ツ嚔《くしやみ》をしたものだ。すると忽ちそれに応ずる響の如くにヒロシが嚔を始めたが、七ツ八ツどころか、十五、十六となり、二十、二十一となつても、まだ口をあけてハアハアしてゐる。あげくに五寸もある洟水《はなみず》がぶらりぶらりと垂れてきたのを、手でつらゝをもぐやうに握りしめたが、こゝまできては古典芸術の修練も如何とも施す術がないやうだ。
「ヒロさん。風をひいたやうぢやないか」
「えゝ、ナア
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