せませんよ。ちよつと焼跡の方へ来ていたゞきませう」
「あゝ、いゝとも。なんでもやらあ」
ひどく気前がいゝ。彼もヒロシも元々持合せがないのである。そこでヨタ者どもは二人の着衣をぬがせた。
「あゝ、いゝとも。どうせこれからは長い夏がくらあ。こんなものは邪魔つけだ。綺麗サッパリ持つて行つてくれ。アヽ、いゝ気持だ。ナニ、もうないよ、あとは身体ばかりだ。エ、靴か、うむ、なるほど」
古典芸術の舞台で仕上げた女の魂もヨタ者に対しては論外で、色を失ひ、唇から全身へかけてブル/\ふるへながら着物をぬいでゐる。
二人の身体だけが無事残された。
然しアルコールの蒸気に魂の中味までむしたゞれてゐる夏川は、裸の方が涼しくてよかつた。彼はヨタ者と握手をして、手をふつて別れると、忽ち快い睡気を催して、物蔭を幸ひ、その場へグタ/\、ヒロシの切なる懇願もあらばこそ、前後不覚にねむつてしまつた。
ふと目が覚めると、彼の全身は臓腑まで冷え、重く節々の軋むやうな疼痛が全身にしがみついてゐるのである。たゞ喉だけが焼けたゞれて自然に口をアングリあけてフイゴのやうな風を吹いたり入れたりしてゐる。驚いて見廻すと、やはらかく
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