か」
「でも、ナアさん。差し当つて、行くところが」
「だからさ。今夜は浮浪児だよ。ともかく一杯、のみたいね」
「えゝ、ですから、御酒《ゴシュ》はあたくしの心当りの家で」
「いゝよ、いゝよ。酒ぐらゐはどこででも飲めるのだから」
ヒロシは夏川の当面してゐる母の上京のことに就ては問題にしてゐないのだ。たゞキッカケをつかんだだけだ。彼の関心はオコノミ焼の主婦なので、夏川を主筋の知らない家へ移させ、自然に手を切らせようといふ算段だ。然し夏川もヒロシの身勝手な指金を怒る気持にもなれないので、オコノミ焼の主婦とていよく縁を切りうるなら、これも亦、いつによらず彼にとつては魅力ある事柄だからである。
母と子の関係はオモチャのやうなたわいもないものである。老いては子に教はるとイロハガルタの文句の通り、子が自立すると母は子供の子のやうな動物になりたがる。然し不肖の子供にとつて母がいつまでも母であるのが夏川には切ない。世の常の道にそむいた生活をしてゐると、いつまでたつても心の母が死なないもので、それはもう実の母とは姿が違つてゐるのであるが、苦しみにつけ、悲しみにつけ、なべて思ひが自分に帰るその底に母の姿が
前へ
次へ
全35ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング