女がねて待ちかまへてゐる。さもなければ、彼が眠らうとするころ、手さぐるやうにして隣室の女が這ひこんでくるのである。夢には角がないから、彼は夢を憎みはしない。たゞ、夢を見てうなされるより、なるべく夢を見ずに眠りこけたいと考へる。事実彼はねむいのだ。いつでも眠い。そして彼は近頃では、部屋の中では、たゞ眠ることしか考へなくなつてゐた。そして、眠るといふ喜びのために、目ざめてゐるときの色々の煩しさや薄汚さを気にもかけずにゐられるやうな気持であつた。
 夏川は寝床の中の女にはまだ我慢ができた。第一、くらやみだ。何も見えないし、そして喋らずにもゐられるからだ。苦しいのはヒロシと三人食事の時やお茶を飲んだりする時で、このときの婆アさんはハッキリ見えるばかりではない。情慾のみたされてゐる自らをさもさも得意に、ヒロシをからかひ、苦しめはじめる。今夜は休業? と言つてみたり、たまには石の上にも寝なきや一人者は身体がもたないだらうにね、などゝ言つたりする。富める者が富める如くに、才ある者が才ある如くに、自らの立場をひけらかすに比べて、肉慾のみたされたる者がたゞその肉慾のみたされたる故に自らひけらかすといふこ
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