ミ焼の主婦は近頃はもう慎みがない。別して娘が現れると特別で、娘とヒロシ二人ならべて、淫売さんとか、闇の姫君とか冷やかしはじめる。蛇のやうな意地の悪い執念で、一度は必ずそれを言はぬと肚の虫がをさまらぬといふ様子である。石の上へねるのかえとか、ずいぶん毎日新聞紙がいることだらうねとか、ヒロシに向つて、お前さんは何かえ膝にワラヂでもはかせなきや石にスリむけやしないかなどゝ聞くに堪へないことを言ふ。娘は馬鹿にしたやうな笑ひを浮べてゐるだけだ。その簡単な方法で自分が勝つてゐることを自覚してゐるからである。情慾に燃え狂つてゐる御本人は母自身なのだ。娘が夜毎にねるといふその石にすら嫉妬してゐるではないか。
然し、ヒロシの応待には奇妙な風にトンチンカンな気品があつた。彼も返事をしなかつた。たゞ背を向けて悄然と坐つてゐる。きくに堪えないといふ風でもあり、恩ある人の恥さらしの狂態を悲しむものゝやうでもある。彼はかゝる下品卑猥な言辞に対して、かりそめにも笑ひの如きものによつて報いることを知らないのである。彼はともかくこの現実から遊離した一つの品格の中に棲んでゐた。彼は事実に於て淫売である。石の上に寝もした
前へ
次へ
全35ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング