。ところが人の子の悲しさに、この妖怪じみたものまで、むしろ妖怪じみてゐるために、いつとなく酒に酔つた夏川は好色をそゝられるやうになつてきた。いくら酔つてもさすがに抑へる気持がある。けれども一日雨ふりのつれづれに酒をのむと三人ながら酔ひ痴れて、みだらなことが当り前のやうな気分になつたとき、思はず夏川がその気になると、それまで最もだらしなく色好みに見えた五十女が急に顔色が変つて、なんとも立つ瀬がないやうな困却しきつた顔になつた。そのために夏川は理性をとりもどすことができたが、花咲く木には花の咲く時期がある、といふことを思ひ知らずにゐられなかつた。
女の青春は人間の花で、羞恥も恐怖も花の香におのづと色どられてゐるものだ。然し、その花はいつかは萎《しな》び、今夏川が眼前に認めたものは、花の時節が過ぎたといふ、たゞそれだけのものではなかつた。花の佳人が住み捨てたあとの廃屋に、移り住んだ別の住人がゐるのである。この住人は夢も、あこがれも、甘さも知らず、たゞ現実の汚さを知るだけだつた。困却しきつたその顔が語つてゐるのである。私は汚いお婆さんさ。そのお婆さんが可愛い筈はないぢやないか。それを承知で口
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