かつ》てこのやうな目覚しい妖艶な成熟を見たことがなかつたのは、さういふ世界に縁がなかつたせゐでもあるが、その未熟なころの肢体を知つてゐるといふことが今では意外な遺恨を深めてゐるやうだつた。夏川は時にいさゝか迷つたものだ。金さへあれば、再び、と。
 然し、意外な伏兵はそれではないので、娘と夏川とのつながりがかうあつさりと断たれると、母親の五十ちかい情炎が代つて働きかけてきた。同時にヒロシのひたむきな情熱が陰にこもつて差向けられてきたので、夏川もこれにはほと/\困つたものだ。五十女の情炎などと或ひは詩人は歌ふかも知れぬが、夏川は昔からゴヤの絵は好きではない。この母親も娘の頃は美しかつたに相違なく、その面影は今もいくらか残つてゐる。根が善良で、小心で、慎み深い人であり、亭主に死別しなければ誰にもまして貞淑な人であつたに相違なく、およそ淫奔の性ではない。月経閉鎖期のこの年頃は特殊なものだといふことだが、時代が時代で、思ひつめて育てあげた一人娘は闇の女になる。条件がそろつてゐるからえゝマヽヨと怪しからぬ気分になるのも尤もだが、痛ましくて、悪く言へば正視に堪へざる醜悪さで、白昼見られたものではない
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