えていただけだ。特別なことを考えていたわけではない。彼もメートル法の久作である。往年村の役場や学校へねじこんでメートル法と闘った元気が今はなくなったわけでもない。戦争中は在郷軍人分会へひったてられて罵られてもむしろ肩をそびやかして威張りかえった久作である。身に覚えのない濡れ衣をきせられて、その口惜しさで断食して死ぬような久作ではなかった。
 彼は濡れ衣の恥をそそいで中平の鼻をあかしてやることは簡単であると知っていた。山をくずし石室を解体すれば分るのだ。いと簡単の如くであるが、それをすることができないのだ。五年間、全力をつくしての築造物だ。いと簡単にそれをくずせるものではない。そのために考えこんでしまったのである。
 考えたって埒はあかない。他に濡れ衣をそそぐ手段はないからだ。けれども彼は考えてみる。考えようとしてみるだけだ。するとウツラウツラする。何も考えていない。そのバカらしさ、むなしさがなつかしい。夜になり、時には真夜中になり、彼はふと気がついて、立ち上る。すこしフラフラする。腹がへったのだ。家へ戻り、一升飯をたいて一息にたいらげる。それから手洗いに立ったりして夜の明けぬうちにまた
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