三吉はこの湯渋と木炭をすりつぶして、これを酢でねると打身骨折の霊薬と称して売りだした。これが意外に売れて、湯治の客も買って行くが、近在からの註文が少くなかった。部落の人々も用いてみて、よくきくという評判である。そこで久作は怒った。
「家伝とは何事だ。お前の代までなかったものではないか」
「それが商法商才というものだ」
「モウモウとわきたつ草津の湯とちがって、お前の湯は小さいワカシ湯ではないか。一日にせいぜい一握りの湯渋がとれるだけだ。怪しき物をまぜているな」
「効能があれば、よい」
三吉は痩せて小柄で、胃弱のためにいつも蒼ざめ、猫背をまるめている不キゲンな小男であった。何を云うにも不キゲンだった。そしてプイとソッポをむく。それが霊薬で当ててから研究室の博士のようにも商事会社の社長のようにも見立てることができるように思われた。そのために久作は一そう三吉を呪ったが、自分にも何かに見立てることができるような威厳が欲しいと執着するようになったのである。彼の顔には目の下に泣きボクロという大きなホクロがあった。口サガないワラベどもに笑われるだけのホクロであるが、保久呂村の天皇家だからホクロがある
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