だ」
「理ならオレが説いてやろう。オレの盗まれた金のことはオレが誰よりも考えている。部落の者でなければ盗むことができないとオレが知っている。この部落から大盗人をだしたのはお前たちの大責任問題だぞ。今後オレをだまそうとすると承知しないからそう思え」
 六太郎はアベコベに大目玉をくらって戻ってきた。しかし中平も部落の全員を疑ることが不穏当だということぐらいは分っている。日がたつにつれて次第に容疑者が心のふるいにかけられて、最後に二人残ったのである。中平の心のふるいは裁判官のふるいとは大そう違っていたけれども、彼自身にだけはヌキサシならぬふるいで、それだけの理由はあった。最後に残った二人は保久呂湯の三吉とメートル法の久作で、つまり年来彼と仲が悪かったところに絶対的とも云ってよい理由があったのである。
 保久呂湯の三吉は彼に次ぐ金持で、彼の虎の子を奪えば村一番の金持になるから、これがまたヌキサシならぬ動機の一ツである。登志と情を通じ甘言で登志を酔わせてシマの財布を盗み何食わぬ顔をしていることは、彼のようにコスカライ奴にはわけがない。小男で胃弱で蒼ざめて猫背で、そのような奴に限って性慾が強くて、強情で、東京のスリのように抜け目がないのだ。
 メートル法の久作は年来の事業が失敗つづきのところへ水爆の防空壕らしきものの製造に着手して益々部落でも飛びきりの貧乏人になってしまった。しかし益々金がいるからこれが重大な動機である。そして日とともに忘れることができなくなるのは、盗難の数日前に彼をからかって怒らせたことである。久作は怒って天の岩戸へ駈けこむように石室へもぐったが、意外にもジッとこらえて坐禅をくんでいた。これが重大である。金持が辛抱づよくなるのは中平自身の心境にてらしてもよく分るが、貧乏人が辛抱づよいというのはすでに不穏のシルシである。赤穂四十七士のように不穏のタクラミがある時にかぎって貧乏人がジッと我慢するものだ。久作は堀部安兵衛よりも怒りッぽいガサツ者で生れた時から一生怒り通してきたような奴であるのに、あの時にかぎってジッとこらえたのがフシギ千万ではないか。水爆を無事まぬかれて生き残っても奴のようにスカンピンでは生き残ったカイがないから、奴が山の製造に着手した時には同時にシマの財布を盗む計画であったに相違なく、そのタクラミは大石内蔵之助のように深かかったのである。してみるとあの石室の中に誰にも分らない秘密の隠し場があるに相違ない。奴は生来奇妙な工夫に富んでいる。あるいはシマの財布を盗んで隠すために五年もかけてあの山をこしらえたのかも知れないのだ。
 この考えは何よりも強くピンときた。中平は久作の腹黒さにおどろいたのだ。そこまで考えている久作とは今までさすがに知らなかったが、それは常に勝ちつづけ勝ち誇っていたための不覚であったろう。負けつづけていた久作は最後の復讐を狙っていたのだ。
 ある晩、中平は久作の石室へ忍びこみ、チョーチンの明りで石室内を改めたが、特に怪しいところを見出すことができなかった。モウ盗難から四十日もすぎている。その上、五年も前からたくらんでいた仕事だからヌカリのあるはずはない。妙なところで抜目のない工夫に富んでいる久作のことだから、石室自体の奇怪さと同じように人の気付かぬ秘密の仕掛けがほどこされているに相違ない。石室そのものを解体する以外に手がないと中平は断定したのである。
 翌日の正午を期して、中平は再び部落の半鐘をならした。今回は慌ててではなく甚だ確信をもってならしたのである。集った部落の全員を眺めまわして、
「みなによく聞いてもらいたいことがあって集ってもらったが、オレの盗まれた金のことだが、その隠し場所が分った。それは久作がこしらえている石の穴倉のどこかに隠されている。そこでみなに相談して腹をきいてみたいが、久作にあの山をくずしてもらって、穴倉の石を一ツずつ取りのけてもらいたいと思うのだが」
「オレが犯人だというのか」
「イヤ。そうは云わぬ。ただあの穴倉の中にぬりこめられていると分っただけだ」
 久作以外の人たちは中平の推理をフシギなものとは思わなかった。彼らは自分が容疑者から除外されれば満足で、その他のことで必要以上に考えるのは人生のムダだという思想の持主である。第一、中平の言い分は花も実もあると人々は思った。
 なぜなら、隠し場所はあの穴倉だが、犯人が久作とは限らないと云っているからだ。二連発銃をぶらさげながらの言葉にしてはまことに花も実もある名君の名裁判のオモムキがあって、それだけでもうほかに理窟は何もいらない。金がでて犯人がでなければ、まことにめでたい。中平も男をあげたと人々は内々心に賞讃をおしまなかったから、久作が五年がかりで築いた山をくずすのに誰も同情しなかった。部落会長の六太郎はこの裁きに敬意を
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