表して
「ヤ、これで騒ぎもすんで、めでたい。それでは中平と久作の御両氏にまかせるから、せっかくだが山をくずして金をだしてもらいたい。みんな手伝いにでたいとは思うが御承知のように今は畑のいそがしい時だから」
 という結論に終ったのである。
 久作は叫びたいのをジッとこらえていた。一言も発せず、身動きもしなかった。結論がでて、みんなが散会しはじめると、彼もだまって歩きだした。石室の中へもぐりこんで、ゴロッと横になったのである。そのあとをつけてきた中平は、穴の入口に腰を下し二連発銃を下において腰にぶらさげたムスビをとりだして食べはじめたのである。

          ★

 そのまま久作はでてこなかった。話しかけても返事をしなかった。中平は穴の中に入りこんで彼の肩をゆりうごかしたが、ねたふりをして目もあけなかった。夜になったので中平は家へ戻った。翌日行ってみると、久作はまだ穴の中にいた。その翌日になっても久作は穴をでなかった。久作は断食して死ぬつもりだという評判がたち、中平以外は益々誰も穴に近よらなくなった。
 しかし久作は断食していたわけではない。日中だけ穴にもぐっているだけだ。そして考えていただけだ。特別なことを考えていたわけではない。彼もメートル法の久作である。往年村の役場や学校へねじこんでメートル法と闘った元気が今はなくなったわけでもない。戦争中は在郷軍人分会へひったてられて罵られてもむしろ肩をそびやかして威張りかえった久作である。身に覚えのない濡れ衣をきせられて、その口惜しさで断食して死ぬような久作ではなかった。
 彼は濡れ衣の恥をそそいで中平の鼻をあかしてやることは簡単であると知っていた。山をくずし石室を解体すれば分るのだ。いと簡単の如くであるが、それをすることができないのだ。五年間、全力をつくしての築造物だ。いと簡単にそれをくずせるものではない。そのために考えこんでしまったのである。
 考えたって埒はあかない。他に濡れ衣をそそぐ手段はないからだ。けれども彼は考えてみる。考えようとしてみるだけだ。するとウツラウツラする。何も考えていない。そのバカらしさ、むなしさがなつかしい。夜になり、時には真夜中になり、彼はふと気がついて、立ち上る。すこしフラフラする。腹がへったのだ。家へ戻り、一升飯をたいて一息にたいらげる。それから手洗いに立ったりして夜の明けぬうちにまた穴へ戻ってくる。穴の方が住み心地がよいからだ。穴の中にいると、安心していられる。誰もこの穴をどうすることもできないという安心だ。そして穴に閉じこもっているうちに、濡れ衣の方は次第に忘れて、誰もこの穴をどうすることもできないという安心の方にひたりきってしまうようになったのである。
 五日たち、一週間たち、しかし断食のはずの久作が大そう元気よい足どりで野グソに行ったり水をのみにでかけたりする姿を見かけ、親たちに戒しめられて近よらなかった子供たちが穴のまわりに集るようになった。
 リンゴ園からこれを見て喜んだのは中平だ。さっそく穴の前へやってきて、
「お前たちよい子だからこの山の土をくずしてくれ」
 そこで子供たちが土をくずしはじめたから、これを見ておどろいたのは親たちで、駈けつけて来て子供をつれ去った。そのとき一人の親がこう云って子供を叱った。
「たたられるぞ! このバカ!」
 穴の中の久作はこの親の一喝にふと目をあいて考えこんだ。
 すばらしい言葉だ。部落の者が自然にこの言葉を発するに至っては本望だ。神のタタリ。天のタタリ。天皇のタタリ。タダモノがたたるはずはないのである。
 この部落には神社もなかった。オイナリ様の小さなホコラすらもなかった。いまだかつてタタリを怖れてしかるべきものは存在していなかったのである。
「この部落でタタリを怖れられたのはこのオレがはじめてだな」
 こう気がつくと、全身が喜びでふるえたのである。
「たたってやるぞオ!」
 彼は怖しい声でこう吠えてみた。すると喜びで胸がピチピチおどったのである。そして、この上もなく安らかな気持だ。これが神の心、天皇の心だと彼は思った。
 彼が本当に穴の中に閉じこもったきり一歩もでなくなり、したがって自然に断食しはじめたのは、この時からであった。それは断食が目的ではなかった。この上もない安らぎ、神の心と瞬時も離れがたかったからである。一歩でれば、俗界だ。この安らぎを失う。穴の中は天界だ。彼自身は天人であった。暗闇の穴がニジにいろどられ五色の光がみちていた。天人の音楽がきこえてくる時もあった。
 彼が完全に穴の中に閉じこもってから二十日ほどたち、身うごきもしなくなったので、村から巡査と医者がきて彼を運びだして駐在所へ運んで行った。その翌日、巡査の指図で村の者が早朝から一日がかりで山をくずし石室をこわしたのである。

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