海さんは必ず按吉に白状した。まっかになって、うつむいて、白状した。龍海さんの気持としては、誰かに白状しなければならなかったに相違ない。巡査に白状するよりも、按吉に白状するのが便利であったのであろう。拾ったとき早速郵便局へ駆けつける用意ではあるまいけれども、懐中に、年中貯金通帳を入れていた。
こうして不退転の決意をもって巴里密航の旅費を累積しはじめたのだが、同時に、忽ち、栄養不良の極に達して、亡者にちかい姿になった。按吉は不安であった。今度は盲腸どころじゃない。念願の金がたまった瞬間に、幽明境を異にして、魂魄《こんぱく》だけが水ものまず歯ぎしりして巴里へ走って行きそうな暗い予感がするのである。然し龍海さんは落ちついていて、目的のためには、栄養不良もてんで眼中におかなかった。
丁度そのころの話である。
龍海さんの先輩に当る一人の坊主――年の頃は四十二三、すでに所属の宗派では著名な人で、管長の腰巾着《こしぎんちゃく》をつとめており、何代目かの管長候補の一人ぐらいに目されている坊主であったが、これが何かの因縁で、ある日、按吉と龍海さんを引きつれて、浅草のとある料理屋で酒をのんだ。
坊主
前へ
次へ
全39ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング