ということばかり考えていて、金輪際坊主の講座へでてこなかった。そうして、絵描きになりたいのだと言っていた。生憎、龍海さんは貧乏な山寺の子供で学資が甚だ乏しいから、生きて食うのもようやくで、とても油絵の道具が買えない。水彩やパステルなどでトランク一杯絵を書いていたが、呆れたことには、女の姿の絵ばかりである。按吉は龍海さんを見くびっていたわけではないが、坊主の絵だから南画のような山水ばかり想像して、とにかく風景が多いだろうと思っていた。そこで、按吉は驚いた。むしろ唸った。絵が名作のわけではない。何百枚の絵を見終って、女以外の風景画が、花一輪すら、なかったからに外ならなかった。
「僕は、女のことしか、考えることができませんので……」
 びっくりした按吉をみて、龍海さんは突然まっかな顔をして、うつむいて言った。龍海さんは素性の正しい坊主だから、どんな打ちとけた仲になっても、あなた、とか、あります、という丁寧な言葉を使った。
 龍海さんは痩せ衰えて、風に吹かれて飛びそうな姿であったが、凡《およ》そ執拗《しつよう》頑固な決意を胸にかくしていたのであった。それは、油絵の道具をきっと買ってみせるという
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