ふけ》っていたようにも思われるし、これはもうてんでわけが分らないのだ。
とにかく分らないことばかりだが、按吉の身にしてみると、これでとにかく、こっちの方は自殺がひとつ助かったという甚だ明朗な事柄だけが沁々《しみじみ》分ってきたのである。青天白日の思いであった。そうして先生が童貞を失ってくれたことを天帝に向って深く感謝する思いによって心は暫くふくらんでいた。先生の相手をつとめた売春婦にお礼を述べたいものだなどと、忘恩的なことを一向に平然として考えているほどであった。
尤も先生が童貞を失ってくれたおかげで、名誉あるわが帝国にはひとりの奇怪なチベット博士が生れずに済んだという国民ひとしく祝盃を挙げなければならないような隠れた功績もあるのであった。
その昔、泉州堺の町に、表徳号を社楽斎という俳人があった。仙人になる秘薬の伝授を受け、半年もかかって丸薬をねりあげて、朝晩これを飲んだあげく、もうそろそろ飛行の術ができるだろうというので、屋根の上から飛び降りて、腰骨を折ってしまった。
この時以来、できないことをすることを「シャラクサイ」ことをする、というようになったという話である。
按吉
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