いえ/\死んでしまつたことでせうよ、ふびんな娘よと、母は仏間へ座つて娘の冥福を祈りはぢめる。時刻は深夜である。すると、娘がただ一人侘び住居を訪れてくる、コト/\と戸を叩くのである。
あれは娘が来たのでは――と、仏間の母がふと誦経をやめて立ち上らうとする。やい、まて/\と合邦がとめる、あれは闇を吹く風の訪れだと言ふのである。老母はそこで座にもどつて誦経をつづける。再び戸がコト/\となる。やつぱり娘ではと又立ち上る。なんの死んだ娘の来ることがあらうかと、合邦は慌てふためいて押しとどめる。実は内心てつきり娘と分つたのだが、娘とあれば殺さねばならず、思ひみだれて、とにかく家へは上げぬ分別と考へたらしい。あれは深夜の風の訪れにまぎれもないと言ひくろめて、老婆をむりやり仏前へ座らせてしまふ。又、戸が幽かにコト/\と鳴る。再三再四、同じことが繰り返される。たうとう老婆はたまりかねて、いいえ娘です/\と狂乱の態で、いとしい娘よと戸口の方へ走りよる、合邦もとめかねてしまふ。
さて一方戸外の娘は、深夜を背に負ひ、戸口へ顔をあて、内部の動きをうかがひながらそれまでは戸をコト/\と叩く以外に何の身動きも表
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