び住居へ辿りついてくるところから芝居は初まつたが、娘の不行跡に懊悩混乱した父合邦が、返事一つでは殺害もしかねない詰問の下で、毅然として恋を棄てやうとしない思ひせまつた娘の様子は、人形の演戯も神品であつて甚しく私を感動せしめたものである。ところが芝居の終りになると、あにはからんや娘の恋愛は敵を欺く手段であつて(――以下略、物臭失礼。)云々といふことになる。私も性来相当ロマンチックな不運な生れと自認してゐたが、摂州合邦ヶ辻の桁外れな、この途方図もない物語には唖然とした。とても酔ひきれない。芝居の初めの一途の恋に思ひせまつた娘の様子が稀世の神品であればあるだけ、終りに受けた莫迦らしさは深まるばかりであつた。が、私は悪口を言ふために文楽を持ち出したわけではなかつた。あべこべである。
まづ、幕が揚がると、合邦の侘び住居では老いた合邦夫妻が不行跡を働いて館を駈落ちした娘の身の上を案じ合つてゐる。もう死んだかも知れないといふ。生きてゐて、うつかりすると、この侘び住居へ落延びてきやしないかといふ。二人はぎよつとして身を竦ませる。武士の意地、落ちてきたからには一刀両断にしなければならぬと合邦がいふ。い
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