れません。けれども、彼の生活に根が下りてゐないにしても、根の下りた生活に突き放されたといふ事実自体は立派に根の下りた生活であります。
 つまり、農民作家が突き放したのではなく、突き放されたといふ事柄のうちに芥川のすぐれた生活があつたのであります。
 もし、作家といふものが、芥川の場合のやうに突き放される生活を知らなければ、「赤頭巾」だの、さつきの狂言のやうなものを創りだすことはできないでせう。
 モラルがないこと、突き放すこと、私はこれを文学の否定的な態度だとは思ひません。むしろ、文学の建設的なもの、モラルとか社会性といふやうなものは、この「ふるさと」の上に立たなければならないものだと思ふものです。
 もう一つ、もうすこし分り易い例として、伊勢物語の一つの話を引きませう。
 昔、ある男が女に懸想して頻りに口説いてみるのですが、女がうんと言ひません。やうやく三年目に、それでは一緒になつてもいゝと女が言ふやうになつたので、男は飛びたつばかりに喜び、さつそく、駈落することになつて二人は都を逃げだしたのです。芥の渡しといふ所をすぎて野原へかゝつた頃には夜も更け、そのうへ雷が鳴り雨が降りだしまし
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