た。男は女の手をひいて野原を一散に駈けだしたのですが、稲妻にてらされた草の葉の露をみて、女は手をひかれて走りながら、あれはなに? と尋ねました。然し、男はあせつてゐて、返事をするひまもありません。やうやく一軒の荒れ果てた家を見つけたので、飛びこんで、女を押入の中へ入れ、鬼が来たら一刺しにしてくれようと槍をもつて押入れの前にがんばつてゐたのですが、それにも拘らず鬼が来て、押入の中の女を食べてしまつたのです。生憎そのとき、荒々しい雷が鳴りひゞいたので、女の悲鳴もきこえなかつたのでした。夜が明けて、男は始めて女がすでに鬼に殺されてしまつたことに気付いたのです。そこで、ぬばたまのなにかと人の問ひしとき露と答へてけなましものを――つまり、草の葉の露を見てあれはなにと女がきいたとき、露だと答へて、一緒に消えてしまへばよかつた――といふ歌をよんで、泣いたといふ話です。
この物語には男が断腸の歌をよんで泣いたといふ感情の附加があつて、読者は突き放された思ひをせずに済むのですが、然し、これも、モラルを越えたところにある話のひとつではありませう。
この物語では、三年も口説いてやつと思ひがかなつたところ
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