れ言葉が用意されてゐるやうな多才な彼が、返事ができなかつたといふこと、それは晩年の彼が始めて誠実な生き方と文学との歩調を合せたことを物語るやうに思はれます。
さて、農民作家はこの動かしがたい「事実」を残して、芥川の書斎から立去つたのですが、この客が立去ると、彼は突然突き放されたやうな気がしました。たつた一人、置き残されてしまつたやうな気がしたのです。彼はふと、二階へ上り、なぜともなく門の方を見たさうですが、もう、農民作家の姿は見えなくて、初夏の青葉がギラ/\してゐたばかりだといふ話であります。
この手記ともつかぬ原稿は芥川の死後に発見されたものです。
こゝに、芥川が突き放されたものは、やつぱり、モラルを超えたものであります。子を殺す話がモラルを超えてゐるといふ意味ではありません。その話には全然重点を置く必要がないのです。女の話でも、童話でも、なにを持つて来ても構はぬでせう。とにかく一つの話があつて、芥川の想像もできないやうな、事実でもあり、大地に根の下りた生活でもあつた。芥川は、その根の下りた生活に、突き放されたのでせう。いはゞ、彼自身の生活が、根が下りてゐないためであつたかも知
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